担架が消えた後も老若男女が入り混じったやじ馬達は、余韻に浸るように居残っていた。

――放火犯は火事場にいる。

唐突に、テレビのサスペンスドラマで刑事が言ったセリフを思い出した。なぜなら、さっき担架の中にこもっていた血の臭いを見物人から感知したからだ。
僕は集中力を高めた。
一人の手の平から、鉄のような血の臭いが放たれている。魚釣りの後とは比べ物にならない程強烈な、洗っても容易に落ちない血生臭さだ。
つい前まで、大量の血がべっとりついていたことが分かった。

その見物人は、僕から5mぐらい離れた所で群集に紛れていた。短い前髪をあげて黒い半袖のシャツとジーパンをはいた三十歳ぐらいの男だった。
男は、きをつけの姿勢をしたまま目を閉じていた。
僕の心臓がドクドクと早く鳴った。
すぐに警察に言うべきだろうか? でも、どうして僕が犯人を知っているのかを警官から聞かれるだろう。
嗅覚のことを言っても信じてもらえないだろうし、知られたくない。どうすればいいんだろう。
幾ら鼻がきいてもどうにもならない。知りたくないことまで知ってしまうばかりだ。犯罪を主人に知らせる警察犬の方が、僕よりずっと立派だ。
自分の無力さを呪った。