僕は、昨日来た細い路地にいた。改めて見渡すと、古いアパートばかりが密集していることに気付いた。
黴が生えた押入れの中のような臭いが道路まで漂っていた。
男が住む一階建てアパートの門を抜けて敷地に入った。色あせた木製のドアが並んでいる。
一番奥の角部屋に直行した。
突き当たりのブロック塀とアパートの間を通って、裏にまわった。ベランダとエアコンの室外機が並んでいた。
ベランダのすぐ後ろには、別のアパートのひびわれた壁が迫っていた。

角部屋が網戸になっていた。芹沢が言った通り、男は部屋の窓を開けて外出したようだ。網戸をそっと開けた。カーテンがないことに気付いた。
ガガガと網戸が擦れる音が響いた。隣の人がベランダに出てきたらどうしようかと怖れ、手の平から汗がにじんできた。

部屋の中を覗いた時、人が生活しているとは思えなかった。
何もない――テーブルもテレビもステレオも本棚も、ない。
壁と畳だけの空間は、異様に広く感じられた。
借金をして、部屋の家具を全て持っていかれた主人公のテレビドラマを思い出した。